入社して一年半。パンに対する情熱は変わらなかったはずなのに、気づけば心も体も限界に近づいていました。「好きだから頑張れる」そう思っていたけれど、現実はそんなに甘くありませんでした。
これは、私が初めて“働く”という現実と向き合い、転職という決断にたどり着くまでの記録です。
朝から晩まで、終わりの見えない毎日
現場の仕事にも少しずつ慣れていく一方で、1日の労働時間は次第に過酷さを増していきました。
入社して3ヶ月ほどは、先輩方より遅く出勤して早く帰ることが許されていましたが、半年が経つ頃にはその環境も大きく変わりました。出勤時間はどんどん早まり、退勤時間も遅くなる。人員不足の影響もあり、任される業務は増える一方でした。
特に繁忙期は、出勤が“夜中の2時”、仕事が終わるのは“夜の22時”。
ふと気づくと、自分は1日20時間働くという、これまで経験したことのない状況に立っていました。
小さなサインが積み重なり溢れた限界点
過酷な労働環境は改善されることはなく、ただひたすら働く日々は続きました。自宅でご飯を食べる余裕もなく、退勤途中にコンビニでおにぎりと野菜ジュースを買い、それを歩きながら食べて帰る毎日。家に着くとシャワーだけ浴び、ベッドに倒れ込むように眠るーーそんな生活が当たり前になっていました。
そのような無理の積み重ねの中で、少しずつ体が限界を知らせ始めます。勤務中に立ったまま睡魔に襲われウトウトしてしまったり、視界が歪んで見える瞬間も出てきました。そして心にも変化が現れ、「何のために働いているのだろう」「このまま続ける意味はあるのかな」と、マイナスの思考が増えていきました。心も体も健康とは言えない状態に近づいていたのです。
逃げなのか、必要な選択なのか
私の中には「1年未満で退職する」という選択肢はありませんでした。パンの道に進むと決めたとき背中を押してくれた家族や友人達の言葉や表情を思い出すと、「このまま帰れない」「合わせる顔がない」という気持ちが強く、どんな状況になっても“まずは1年は続ける”と心に決めていました。
そうして働き続けるうちに1年が経ちました。しかし、その頃には少しずつ「転職」という選択肢が頭をよぎるようになります。
「この過酷な環境を乗り越えた先に、何か得られるものがあるかもしれない」という思いと「時間は有限。自分の人生を考えるなら環境を変えた方がいいのではないか」という気持ちがぶつかり合い、心の中で葛藤する日々が続きました。
将来像から逆算して選んだ新しい環境
私が退職すると、今一緒に働いている先輩たちに更に負担をかけてしまうーーその思いがずっと心に引っかかっていました。それでも、自分の将来を考え、転職に踏み切ることにしました。
当時の私は、「もし自分が独立したら、こんなお店にしたい」というぼんやりとした将来像を持ち始めていました。そのイメージに少しでも近い環境で働きたいと思い、古くからある老舗ではなく、比較的新しく若い世代から支持されているパン屋で働きたいという気持ちが強くなっていきました。
また、地元の福岡だけでなく東京のパン屋にも興味があったため、退職後には実際に東京へ1週間ほど足を運び、気になっていたお店を自分の目で見て回りました。
そんな中、ちょうど私の退職時期と同じタイミングで、候補に入れていた東京のパン屋が福岡に出店することを知りました。「これはチャンスだ」と感じ、迷わずそのパン屋に応募することを決めました。
「辞める勇気」を持ったことで、人生が動き出した
無事に採用をいただき、新天地で働くこととなり、私の第二のパン屋人生がスタートしました。環境は以前とは比べものにならないほど大きく変わりました。
まず、夜中の2時出勤だった生活が、朝6時出勤・16時退勤という健全な働き方に変わり、1日の中で“仕事以外の自分の時間”が確保できるようになりました。そのおかげで、今でも続けている筋トレや読書といった趣味の時間も取れるようになり、心にも余裕が生まれ、仕事にも前向きに向き合えるようになりました。
また、全く異なるやり方のパン作りは大きな刺激となり、新しい技術や考え方を学べる喜びを日々感じていました。環境や製法が変わったことで最初は思うように動けず苦労する場面も多くありましたが、徐々に慣れていき、複数のポジションを任せてもらうようになるまで、さほど時間はかかりませんでした。
さらに、新しい職場はとてもオープンな雰囲気で、誰でも新商品の開発に携わることができ、自分が生み出したパンが店頭に並ぶ喜びも味わうことができました。「パン作りが楽しい」と心から思える時間がまた戻ってきたことを、今でもよく覚えています。
もしあのまま過酷な環境で働き続けていたら、今の私はどうなっていたのか正直わかりません。しかし、あの時に辞めるという決断をしたことを、私は一度も後悔していません。転職は、間違いなく私にとって大きな転機になりました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。今回は学校を卒業して就職したパン屋から新たなパン屋に転職するまでの葛藤や思いを書きました。この記事が少しでも参考になれば幸いです。

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